You're a liar!Ric O'Barry! - リック・オバリー、おまえは嘘つきだ!
時間が足りない。反捕鯨団体の嘘や誇張があまりにも多すぎて時間が足りない。しかし、それ以上に太地町の魅力は大きく、600以上の写真をどのように紹介していくか悩んでいるところだ。
THE COVE の舞台となった太地町を訪れて改めて思ったのは、自称リック・オバリー(本名:Richard Barry O'Feldman)の虚言があまりにもひどいということだった。太地町のことを綴る前に、リック・オバリーの虚言の数々を公表する。
THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より

(引用始め)
心変わりさせたのは"フリッパー"
つまりキャシーの死だった
キャシーはひどい鬱だった
私には感じられた 見えたんだ
私の腕の中で自殺したんだ
"自殺"とは強い言い方だが―
こういうことだ
イルカは我々みたいに自動的に呼吸しない
呼吸一つ一つを 意識的に行う
耐えられなくなったら
命を絶つことができる
次の呼吸をしないだけで
だから―
あれは自殺だったと言える
自ら
腕の中に泳いできて―
私の目をしっかり見て―
息を吸って それっきり
息をすることはなかった
放したらそのまま うつむけに
底まで沈んでいった
(引用終わり)
この証言は、1989年に発行されたリック・オバリーの自伝 イルカがほほ笑む日(原題:BEHIND THE DOLPHIN SMILE, 1988年)のものとは完全に異なっている。下記は イルカがほほ笑む日 300項7~24行の引用である。
(引用始め)
私は自転車にのって道を急いだ。私が水族館を去るときキャシーは元気だった。何があったのだろう。ボブ・ボールドウィンはパニックに陥るような男ではない。何があったかわかっていれば、私に告げたはずだ。もし、単にキャシーがものを食べないというのなら、打つ手はあるだろう。だがなぜ別のタンクに移したのだ。もし私がそこにいればそんなことはさせなかっただろう。私は激しくペダルを踏み、汗をしたたらせながら海洋水族館に着き、そのまま門を走り抜けた。新しい守衛が何か叫んだが無視した。私はボブ・ボールドウィンが言ったタンクに乗りつけ、中をのぞいた。そして驚愕とした。確かにそこにはキャシーはいたが、それは私の知っているキャシーではなかった。背中にも頭にもまっ黒に疱疹ができていた。大きな醜い黒い疱疹がほぼ全身を覆っている。キャシーはほとんど動かず、水面に浮かんでいた。
「ああ、なんてことだ!」私は叫んだ。「なぜこんなことに!」
私は服のまま水に飛び込んだ。キャシーは私の腕の中まで泳いできたが、抱き止めた瞬間、彼女の命の火が消えていくのを感じた。尾びれの動きが止まり、キャシーは死んだ。よごれた白い泡が噴気孔についていた。私は無意識にそれを洗ってやり、水の入らぬように気をつけながら親指で噴気孔をそっと開いてやった。それから腕で支えてプールの端につれて行き、ひざを使って胸郭を押した。だがだめだった。私は呼吸のリズムに合わせて、キャシーの胸を押したりゆるめたりした。だが彼女が死んでいるのはわかっていた。どのくらいそうやていたか、わからない。しかし、キャシーは死んでおり、もうどうすることもできなかった。私は手を離した。キャシーは底へ沈んでいった。突然私はどうしようもない惨めな気持ちになった。
(引用終わり)
御覧のように、リック・オバリーは1988年当初、キャシーは「自殺した」とも「呼吸を止めた」とも書いていない。キャシーの死は黒い疱疹が視認できたほどの明らかな病変である。
リック・オバリーはアメリカのマイアミ水族館(Miami Seaquarium)で働いていたらしいが、キャシーが死亡する前に水族館を辞めている。キャシーの病変は水族館関係者の好意で知らされたことであった。
THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より

(引用始め)
翌日 私は刑務所に入れられた
イルカを研究所から―
解放しようとして
それが私の答えだった
イルカを皆 解放する
つもりだった
10年かけて築いた業界を―
この35年間 崩壊させようと
してきた
(引用終わり)
これも時系列がおかしい。映画では「キャシーの死の翌日刑務所に入れられた」と語っているが、実際には6日後である。下記は イルカがほほ笑む日 11項3、4行目である。
(引用始め)
ビミニへ飛ぶ六日前に、キャシーは衰弱し、惨めな姿となって、私の腕に抱かれて死んだ。
(引用終わり)
リック・オバリーが刑務所に入ったのは1970年、バハマのビミニ諸島にある、ラーナー海洋研究所のイルカの解放に失敗し自首した時のことであり、キャシーの死後翌日ではない。リック・オバリーは、最も宣伝効果が高いアースデイという日をねらって犯行を計画したと記していた。
また、フリッパーの映画版とテレビ番組版の制作環境は異なっており、関係者からは「リック・オバリーが調教師であった」という証言がない。おそらく、スタッフの一人だったという認識しかなかったのだろう。水族館のイルカショーは、リック・オバリーが10年をかけて築いた業界ではない。
その後の35年間だが、リック・オバリーはドルフィンプロジェクトと称しイルカを飼育していたし、様々な映画にわき役として出演していた。経歴が非常に怪しい人物である。私が実際に確認した作品は次のエントリにまとめている。
自称リック・オバリーの逮捕 - Ric O'Barry was arrested
自分の人生を転換させた印象的であろう出来事を書籍を発行しているのにも関わらず、事実を語らない自称リック・オバリーは極めて信用できない人物である。自伝では「菜食主義者になった」と書いておき、水銀を否定する映画に出演しながら魚料理を食べる人間のいうことを誰が信用すると言いうんだ?極めつけの嘘がこれである。
THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より

映画開始3分後である。てめーらそのあとマスクを一切着用してねーじゃねーか!
完全な自作自演じゃねーか、クソども!
もう日本に上陸することはないだろうが、自称リック・オバリーの嘘はこれからも追及させてもらう。
もちろん、この嘘つきを日本に招聘した日本国内の反捕鯨団体、個人の責任もだ。
関連エントリ
ビハインド・ザ・コーヴを視聴 - Behind "THE COVE"
紀伊本線の旅路 - 和歌山県東牟婁郡太地町へ
そうだ、京都から行こう - 和歌山県東牟婁郡太地町へ
THE COVE の舞台となった太地町を訪れて改めて思ったのは、自称リック・オバリー(本名:Richard Barry O'Feldman)の虚言があまりにもひどいということだった。太地町のことを綴る前に、リック・オバリーの虚言の数々を公表する。
THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より

(引用始め)
心変わりさせたのは"フリッパー"
つまりキャシーの死だった
キャシーはひどい鬱だった
私には感じられた 見えたんだ
私の腕の中で自殺したんだ
"自殺"とは強い言い方だが―
こういうことだ
イルカは我々みたいに自動的に呼吸しない
呼吸一つ一つを 意識的に行う
耐えられなくなったら
命を絶つことができる
次の呼吸をしないだけで
だから―
あれは自殺だったと言える
自ら
腕の中に泳いできて―
私の目をしっかり見て―
息を吸って それっきり
息をすることはなかった
放したらそのまま うつむけに
底まで沈んでいった
(引用終わり)
この証言は、1989年に発行されたリック・オバリーの自伝 イルカがほほ笑む日(原題:BEHIND THE DOLPHIN SMILE, 1988年)のものとは完全に異なっている。下記は イルカがほほ笑む日 300項7~24行の引用である。
(引用始め)
私は自転車にのって道を急いだ。私が水族館を去るときキャシーは元気だった。何があったのだろう。ボブ・ボールドウィンはパニックに陥るような男ではない。何があったかわかっていれば、私に告げたはずだ。もし、単にキャシーがものを食べないというのなら、打つ手はあるだろう。だがなぜ別のタンクに移したのだ。もし私がそこにいればそんなことはさせなかっただろう。私は激しくペダルを踏み、汗をしたたらせながら海洋水族館に着き、そのまま門を走り抜けた。新しい守衛が何か叫んだが無視した。私はボブ・ボールドウィンが言ったタンクに乗りつけ、中をのぞいた。そして驚愕とした。確かにそこにはキャシーはいたが、それは私の知っているキャシーではなかった。背中にも頭にもまっ黒に疱疹ができていた。大きな醜い黒い疱疹がほぼ全身を覆っている。キャシーはほとんど動かず、水面に浮かんでいた。
「ああ、なんてことだ!」私は叫んだ。「なぜこんなことに!」
私は服のまま水に飛び込んだ。キャシーは私の腕の中まで泳いできたが、抱き止めた瞬間、彼女の命の火が消えていくのを感じた。尾びれの動きが止まり、キャシーは死んだ。よごれた白い泡が噴気孔についていた。私は無意識にそれを洗ってやり、水の入らぬように気をつけながら親指で噴気孔をそっと開いてやった。それから腕で支えてプールの端につれて行き、ひざを使って胸郭を押した。だがだめだった。私は呼吸のリズムに合わせて、キャシーの胸を押したりゆるめたりした。だが彼女が死んでいるのはわかっていた。どのくらいそうやていたか、わからない。しかし、キャシーは死んでおり、もうどうすることもできなかった。私は手を離した。キャシーは底へ沈んでいった。突然私はどうしようもない惨めな気持ちになった。
(引用終わり)
御覧のように、リック・オバリーは1988年当初、キャシーは「自殺した」とも「呼吸を止めた」とも書いていない。キャシーの死は黒い疱疹が視認できたほどの明らかな病変である。
リック・オバリーはアメリカのマイアミ水族館(Miami Seaquarium)で働いていたらしいが、キャシーが死亡する前に水族館を辞めている。キャシーの病変は水族館関係者の好意で知らされたことであった。
THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より

(引用始め)
翌日 私は刑務所に入れられた
イルカを研究所から―
解放しようとして
それが私の答えだった
イルカを皆 解放する
つもりだった
10年かけて築いた業界を―
この35年間 崩壊させようと
してきた
(引用終わり)
これも時系列がおかしい。映画では「キャシーの死の翌日刑務所に入れられた」と語っているが、実際には6日後である。下記は イルカがほほ笑む日 11項3、4行目である。
(引用始め)
ビミニへ飛ぶ六日前に、キャシーは衰弱し、惨めな姿となって、私の腕に抱かれて死んだ。
(引用終わり)
リック・オバリーが刑務所に入ったのは1970年、バハマのビミニ諸島にある、ラーナー海洋研究所のイルカの解放に失敗し自首した時のことであり、キャシーの死後翌日ではない。リック・オバリーは、最も宣伝効果が高いアースデイという日をねらって犯行を計画したと記していた。
また、フリッパーの映画版とテレビ番組版の制作環境は異なっており、関係者からは「リック・オバリーが調教師であった」という証言がない。おそらく、スタッフの一人だったという認識しかなかったのだろう。水族館のイルカショーは、リック・オバリーが10年をかけて築いた業界ではない。
その後の35年間だが、リック・オバリーはドルフィンプロジェクトと称しイルカを飼育していたし、様々な映画にわき役として出演していた。経歴が非常に怪しい人物である。私が実際に確認した作品は次のエントリにまとめている。
自称リック・オバリーの逮捕 - Ric O'Barry was arrested
自分の人生を転換させた印象的であろう出来事を書籍を発行しているのにも関わらず、事実を語らない自称リック・オバリーは極めて信用できない人物である。自伝では「菜食主義者になった」と書いておき、水銀を否定する映画に出演しながら魚料理を食べる人間のいうことを誰が信用すると言いうんだ?極めつけの嘘がこれである。
THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より

映画開始3分後である。てめーらそのあとマスクを一切着用してねーじゃねーか!
完全な自作自演じゃねーか、クソども!
もう日本に上陸することはないだろうが、自称リック・オバリーの嘘はこれからも追及させてもらう。
もちろん、この嘘つきを日本に招聘した日本国内の反捕鯨団体、個人の責任もだ。
関連エントリ
ビハインド・ザ・コーヴを視聴 - Behind "THE COVE"
紀伊本線の旅路 - 和歌山県東牟婁郡太地町へ
そうだ、京都から行こう - 和歌山県東牟婁郡太地町へ
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