太地町の治安のために

奇妙な文章を見つけたため、これについて反論する。

 美熊野政経塾
 http://park.geocities.yahoo.co.jp/gl/mikumanoseikeijuku

警察や海上保安庁が警備にあたることは異常で税金の無駄遣いだと主張されているが、認識に誤りがある。

民間の警備会社は警察権を持っていない。

警備員は建物や敷地の所有者に代わって事件や事故を未然に防ぐ補助する立場であり、トラブルを解決する権限を持っていない。異常が発生すれば契約者に伝え、必要に応じて警察や消防へ通報を行う。現在トラブルが起こっているのは漁協の建物や個人所有の敷地内ではない。国が管理する国立公園内でのことだ。

仮に国が警備会社に委託して湾を警備するとなれば、屋外でも使用できるカメラやセンサを導入することになるが、設置費用だけでも数百万どころでは済まなくなる。映像を常時監視する人員をたてる必要もあり、事件性があると判断された場合には警察、海上保安庁に通報することになる。

ストーカーなどの被害に関しては警察が対応する。ボディーガードのような身辺警護はあくまで警備対象となる人物にふりかかる脅威を低減するためのサービスであり、路上で武器となる棒や三脚を所持した人間が複数で、特定の少数を取り囲み暴言を浴びせるような状況は警備会社が対応するものではない。

事件性がある事柄に対して警察通報を行うことは問題がない。さらに建物への侵入など未知の脅威に対して対策を施したいのならば警備会社に依頼すべきだろう。太地町の場合、警察と海保の双方が警備行動が必要だと判断した。このような状況を作り出した抗議活動を行う側の方が異常である。

この文章の発信者は太地町議員とのことだが、コメントの受付も連絡先もない。「美熊野政経塾」のキーワード検索ではエルザ自然保護の会イルカ&クジラアクションネットワークなどイルカ追い込み猟に抗議する団体が文章を引用しているが、その点についてどのようにお考えか。警察と海保に警備行動を起こさせるまでの異常な状況を引き起こしたのは、太地町のイルカ猟に批判的な文章を発信し続けたあなたがたではないのか。

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政治団体の選挙活動

左翼のやる「無駄遣い騒ぎ」というやつです。IKANやエルザ自然保護の会も左翼です。
左翼が一概に悪くはないのですが、シーシェパードのような抗議活動の被害には何の配慮もないあたりが、明らかに揚げ足取りが目的ですね。
個々にもよく出没する「赤い????」と同じ理論だ。

約540万円はいさな組合の23人が出すのがスジ

約540万円はいさな組合の23人が出すのがスジなのです。
所得も太地町民の平均より多いのですから。

きみの考え方というか感情というか、警察国家を彷彿とさせます。
太地は絶対正義、批判は許さん!ってね。

国有地を私物化し、対外的には全てを隠そうとする。
そういったことをナショナリズムを煽ることにより正当化する。

海洋資源という共有財を獲っているわけですからそれを報道したいから
見たいという人には見せてしかるべきなのです。

Re: 約540万円はいさな組合の23人が出すのがスジ

感情ではありません。法律です。
私人に警察権を与えないよう警備業法という法律があります。
漁業法の漁業権により、免許を受けた漁業者は一定範囲の漁業を独占排他的に営み、その利益を享受することができます。
その権利を脅かされている人々がいるからこそ警察と海保が動きました。

毎度のこと、イメージで語らないで下さい。

やっぱり出たか

「赤い反価値」氏の反論だと、そのうち警察のサービスを飼う話になる。
つまりり貧乏人は守らなくてよろしいということだ。
所得が高ければ税金も高いはずであり、追加費用の負担云々は納税者の公平を脅かしている。

私はこう思う

イルカ漁を必死で肯定している方のほとんどは、外国のジャーナリストに批判されることに嫌悪を感じている方のようだ。 実際に過去40年以上にわたる乱獲のために個体数が激減したこと、海洋哺乳類が果たして持続的な大量捕獲に適しているかどうかなど誰も関心を示していない。皆さんはかつて日本近海にはたくさんアシカがすんでいたことをご存知か。 明治以降の乱獲のため、今は完全に絶滅してしまっている。 イルカ漁は伝統だなどと称しているものもいるが、少し調べてみればそれはまったくのうそである。 イルカ漁は戦後の鯨肉の需要に乗じて拡大した。 仮に伝統だとしても、海洋生物を取り巻く状況は昔とは違い、このような繁殖率の低い哺乳類を大量に取り続けることがよいことかどうか、十分な議論の対象になりうるではないか。 大部分の日本人にとって、イルカ肉より、将来も普通に日本の海でイルカが見られることのほうが大切であると私は考える。 映画コーブは彼らのいうよな事実無根のジャーナリズムではない。 イルカ漁の是非が問われないようになるべく外部から遮断された場所で、しかもその肉は一般市場から拒否されないようにほとんど単に鯨肉として売られていることは事実であった。 静岡県のように年間1万頭以上乱獲してイルカの生態に壊滅的打撃を与えたことはどうしたことか。 確かにイルカは水産業者には敵である。 しかしだからといって捕殺して個体数を大幅に減らすことがよいことなのか。 それは漁業に直接携わっていない普通に私たちには関係ない話なのか。 それが、イルカ漁だけでない、かつての乱獲、絶滅、公害問題のように、多くの日本人から注目されることもなく静かに進行していくことがよいことなのか。 シーシェパードの問題ではない。 これは私たち日本人自身のために問題であると私は考える。 私は今のところ反捕鯨団体とは無関係な、ただ自然を愛する一市民である。 イルカ漁には30年以上苦々しくおもっていたが、今までなんのアクションに参加したことはない。 しかし、ことイルカ漁、調査捕鯨に関しては、外国からの伝統侵略だの、捕鯨は日本の伝統だから継続するべきだのあまりにも、無知で無意味な意見がネット上に飛び交い、非常に憂国を感じている。 環境保護活動は詐欺活動ではない。 仮にそういう目的のものがいたとしても、資金集めのためにメディアを利用するものがいても、それ自体で環境保護団体や個人を欧米思想だの、反日本だのとののしることはできない。 私にとってそのようなものこそ本当の日本の利益を損なう国賊である。 

Re: 私はこう思う

戦前、戦後の大規模な捕鯨、開発が海洋哺乳類の個体数に影響を及ぼしたことは考えられます。
しかし、近年のイルカ追い込み猟がそれを助長するものとは考えにくいです。

近海で鯨類が視認される機会が少なくなった原因としては

・港湾、水路の整備により鯨類が湾内への回遊を忌避するようになった
・海水温、潮流の変化により鯨類が回遊路を変更した
・観測者の減少により目撃数が減少した

などの様々な要因を追求すべきでしょう。

追い込み猟、調査捕鯨は鯨類の資源量、動向をモニタリングする世界的にも貴重な機会となっています。
これを妨害する者こそ種の存亡を危うくさせる賊でしょう。

No title

海洋哺乳類の個体数は捕殺しなくてもできることは少し科学の知識があれば明らかでしょう。 渡り鳥の個体数を調べるのにいちいち大量に捕殺しないのと同じである。 イルカの生態を少しでも理解していれば、漁や捕殺によって個体数が激減した、少なくともそれが大きなファクターであることは当然推定しなければならないことで、どのような根拠で追い込み漁が個体数に影響が無いとお考えか。 実際に本当に観測者が減ったのだとしても、有効な調査方法であればそれで、推定個体数が減ったとしたらそれこそ非科学的で問題ではないか。 いま私たちが伊豆や和歌山、岩手など海にでたとしよう。 私たちは運がよければイルカや小型鯨類をすぐに見つけられるかもしれない。 または一日かけても数頭しか見れないかもしれない。 しかし私たちはもともとそんなものだったのか、それとも本当はもっとたくさんいて、頻繁に見かけられたものなのかなかなかわからない。 毎日の生活に忙しい私たちはそんなものかと思ってしまう。 しかしそれが、漁や捕殺や汚染のために激減した後の姿であったとしたら、なんとも恐ろしいことではないのか。 そのようにして、日本アシカやトキやアホウドリや日本狼や九州のツキノワグマなどが絶滅、もしくはそれ近くまで追いやられたのではないのか。 千葉のいわし、北海道のニシンの数十年にわたる不漁は過去の乱獲と関係ないと言い切れるか。 いまイルカの年間捕獲割り当て数がどのように決められているか、わたしの調べた限りではまったくいい加減なものである。 要するに業界に負担がかからないように決められているのは明らかではないか。 前記のとおり、それが一見合法にまたほとんど部外者の誰からも批評されることも無く、慨存の業界の不利益になるからといってジャーナリズムさえ排除したりする姿勢を私は大いに憂慮する。 もしコーブを作ったのが外国人だからというのに問題を感じているものがいれば私は遠りょうなくそのものを軽蔑する。 私はシーシェパードの捕鯨船妨害にはほとほとあきれているが、しかし彼らがメディアを使って捕鯨、イルカ漁問題を訴えかける手法には賛成である。理由はすでに述べてある。 彼等が暴力、破壊手段に出ない限り、彼らにはそこを訪れ、自分たちの目で見、それを外部に報道する権利はある。それを自分たちの利益に反するからといって妨害するものがあれば、そのものこそ、私は国賊であると確信している。

またぞろ怪しい人物

欧米の捕鯨によって減少した大型鯨類の話と、いるかの資源量は混同するし、はるかに長い歴史を持ついるか漁を戦後の産物のように騒いでいる。
自分たちもメディアの悪用で稼ごうという輩が、怪しげな説を持ち出しているが、どちららが亡国の士なんだか。
漁を自然に反するものと考えている時点で物事の是非が判らん奴だということがすぐわかる。
環境保護活動と環境保護ビジネスの違いもわからないようでは、話にならない。

No title

ednakanoさん、あなたはどうもあなたはものを知らないらしいし、論理的な考えかたができないらしい。 過去40+年間の捕獲数はそれ以前とは比べ物にならない。 私のコメントのどこに漁業が自然に反するものと述べてあるのか。 私の論点が本当にそこにあるのかもう一度読み直して考えててほしい。 イルカの生息数などいい加減な調査しかなされていないのが現実である。 それでも複数の調査により生息数が種類によっては激減しているのは明らかである。 芸に向かないスジイルカなどは全国で(戦後)大量捕獲され現在では採算にあるほど捕れないので、伊豆などでは廃業業者も出たのではないのか。 あなたは捕鯨、イルカ漁に反対する団体を環境保護ビジネス団体であると決め付けているが、だから鯨、イルカ保護は無意味だと思うのか。 鯨が18~19世紀に欧米の捕鯨により激減したのは事実であるが、あなたの言い草からすると、だから彼らには捕鯨問題に口を出す権利は無いといっているように聞こえるが。 しかしそんな論法をも散らしたら、私たちは現在のどのような問題でも議論できなくなってしまうではないか。 私はシーシェパードなどとは何のかかわりも無いのでその実態は十分わからないかも知らない。 それでも彼等の目的が100%金儲けだと決め付けるつもりは無い。 私は安っぽいナショナリズムのために、環境保護活動に左翼的だの金儲けだの女学生的なセンチメタリズムだのとレッテルを貼り付けたりするものが、本当は私たちの日本の国益を損ねていると思っている。 

水産庁常套句『たまたま沖に回遊路が移動した』w

>鯨類が回遊路を変更した

これは水産庁がよく言う言い方で、いわゆる根拠の無い主張ってやつですね。
ちなみに前回の太地追い込み漁において漁期中に捕獲されたマゴンドウはゼロです。
(ただし漁期を延長して若干獲っておられます)
別にシー・シェパードが海上で漁の邪魔をしたってわけじゃないので、はたして
この「ゼロ頭」をどう見るか?
普通は『過去、獲りすぎたからだろう』と思いますが、いかがでしょう。
まあ多分、水産庁は『たまたま沖に回遊路が移動した』と言うとは思いますが。w


>調査捕鯨は鯨類の資源量、動向をモニタリングする世界的にも貴重な機会となっています。

資源量は目視(観測)から推定するっていうのは常識ですけど?
クジラを殺した(調査捕鯨)って資源量を推定することはできませんよ。

ちなみにかつてはクジラを殺し、そこから自然死亡率を推定し、そしてそこから繁殖率を推定し、
そしてそこから現在資源量を推定(≠観測による推定現在資源量)し、それと初期資源量とを比較して
捕獲頭数を計算するという考え方があったのですが、「(自然死亡率から推定の)推定現在資源量」も「初期資源量」も
共に科学者間の合意が得られず、結局は捕獲頭数を計算できなかったという経緯があります。
いわゆるNMPの失敗というやつですね。

漁の是非と資源量

SSの連中がやっているのは、資源問題ではない。異文化に対する感情論だ。あの活動の根幹には文化帝国主義と差別主義が存在するだけ。環境保護といいながら、むしろ真面目な団体に向けられるべき資金さえ、彼らが持っていこうとしている。だから、環境保護団体と環境保護ビジネスは別なものだ。
真面目な団体は、混穫問題に対応したり、海洋汚染の対策を考えたりしている。
絶滅危惧種が居るというなら正確な調査を依頼する活動でもすればいい。

ただ、SSのような連中の手法を見習えば、手段たる金集めが目的の詐欺集団になりさがる。

ザ・コーヴ

少なくとも、「ザ・コーヴ」の情報を検証もせず信じているようでは、知識不足と言われてもしょうがない。
せめて、Red Foxこと岩谷文太氏の下記ブログの検証を見てからものを言って欲しい。
http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-266.html

調査捕鯨

日本の行っている調査捕鯨というのはいうまでも無く、その名を借りた商業捕鯨である。 そのことは内心誰もがわかっていることであろう。 当然捕殺しなければ得られないデータもあるが、本当に科学的データを得るのが目的ならそれ以外の方法をまず第一にとるのが自然である。 反論もあろうが、日本人よりはるかに非常に論理的な考え方をする(もちろん欧米だけでない)他国の人々には、実質商業捕鯨を科学目的の名を借りて続けている日本はまことにうそつきに見えてしまう。 日本人である私にも白々しいうそに見えているのに、どうして彼等に理解を求めることができようか。 このことは当然国のクレジビリティーを悪影響を与えると思うし、さまざまな目に見ないところでもっと重要な国益を損なうこともありうるのではないのか。 捕鯨全面反対の私であるが、これでは堂々と商業捕鯨と称して捕鯨を行う方がまだましであると思ってしまう。 同じ理由で、イルカ漁を伝統漁だなどというまやかしを使う人間は間違っている。 昔からイルカを捕っているのは事実でも、争点は近い過去と現在の行過ぎた商業漁ではないか。 外国人、日本人にかかわらず、どこの誰が日本の伝統文化自体の否定をしようとしているのか。 そのような安易な論理を持ち出し議論を封じ込めようとするものは、本当の日本の文化、伝統、美徳を汚している。 

No title

調査捕鯨がIWCで認められた行為であり、反捕鯨国にとっては、法の抜け穴だとしても法が悪いなら法を変えればいい話だ。それが出来ないから、暴力を持ってとめるのはテロリズムであり、国際法違反だ。もちろん議論の余地もあるし沿岸部の商業捕鯨と引き換える可能性もあるが、IWCの機能不全によって、実現しない。なぜなら、そもそも捕鯨のための国際的期間が、捕鯨を否定するという矛盾があり、正当な理由が無いままに商業捕鯨モラトリアムの再開に対する議論を拒否しているのは反捕鯨国である。サッカーをしない国がFIFAに入っているようなもんだ。

太地のイルカ漁

おまけに、沿岸のイルカ漁を伝統ではないと否定する。資源量の問題ならば資源の計測や漁獲枠の議論であるが、環境保護「ビジネス」の連中は資源量にはお構いなく否定している。しかも、イルカ漁に対する反対が欧米の大勢だと考えているようだが、それも事実誤認だ。一部の連中が騒ぎ、金を稼いでいるだけ。メディアと結びついて上手い商売をしているだけだ。アメリカの新聞記者などは、「ザ・コーヴ」の試写会のあと、「あれは、環境保護ビジネスのプロモーション・ビデオだ。」ときって捨てている。

太地で追い込み漁が始まったのはたかだか1969年から

これは太地町くじらの博物館の開館でイルカ生体展示を目玉にしようってことで
伊豆の富戸の追い込み漁師からやり方を教えてもらい始まったというのが事実。
1969年からコビレゴンドウ、1973年からスジイルカ。
つまり伝統でも何でもないってこと。
(ちなみに1933年に太地で追い込み漁が行われたという記録がある)

なお粕谷俊雄は「太平洋岸のスジイルカは過去30年間で減少」と結論付けている。



追込み漁の統計は、戦後初期には大きな漁獲が登録されているが
不完全である。1963年以後にはほぼ完全な統計がある。

伊豆海岸では主にスジイルカが捕られ、これにハンドウイルカ、コビレ
ゴンドウ南方型が加わる。1960年以前には追込み漁で10,000頭以上の
スジイルカが捕られていたが、1980年代初期には漁獲努力量が不変で
続いているにもかかわらず、捕獲数は1,000頭以下に減少している。

太地では戦後、スジイルカとコビレゴンドウ南方系の追込み漁が1969年
にはじまったが、以後目的種はハンドウイルカ、マダライルカ、オキゴンドウ、
ハナゴンドウに拡大しており、これはスジイルカの捕獲が1980年代初期
の3,000頭ないしは11,000頭という水準から近年の1,000頭以下に減少
したということと同時に起こっている。

この期間を通じてイルカ肉の価格は上昇している。
追込み漁で捕獲対象とすることができる太平洋岸のスジイルカは過去
30年間で減少し、漁業は他のイルカ種へ転換することを強いられたと
われわれは結論する。

他のイルカ種ストックの状態は、系群同定の不確実性と捕獲トレンドの不確実性
により、不明である。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4c0a1aa&sid=1834578&mid=45781

以前からTHE COVE は日本の団体が関係していると指摘しています。
外国人の主張だからではなく内容に問題があります。

シーシェパードはすでに暴力、破壊手段に出ています。
被害者が告訴するか否かの問題です。

乱獲や環境の変動による生物の減少は憂慮すべきことで
関連機関の職員や研究者たちが漁業者と協力し調査しています。

捕殺が不要なのは渡り鳥のように直接数えられるような陸生の生物に限られます。
直接数えられない生物は推定を行います。
水生動物の場合、捕獲はどうしても致死となる場合が多くなります。
標本やパラメータは後の研究のためにも重要です。
胃の内容物は他の餌生物と関連付けられる貴重なデータとなります。
少し生物の知識があればわかりそうなことですが。 

調査捕鯨は目視による観測も行われており、利益も出ていません。
擬似商業捕鯨ならばIWC科学委員会は水産庁の調査計画に異を唱えてるはずですね。

昨年度太地町での猟で従来の漁期中にマゴンドウを捕獲できなかったのは他の要因も考えられます。
漁獲努力量も考慮すべきですね。
マダライルカも0~400頭と年毎にばらつきがあります。

粕谷先生はイルカ猟が原因とは結論していないように見えますが。
1960~1970年代はまき網や流し刺し網による混獲が世界的に問題となっていました。
スジイルカの減少はイルカ猟により明らかになったことになりますね。

議論のすり替え

資源量データの議論とイルカ漁=悪という問題は全く異なる性質の問題。

伝統とは何?

技術交流が伝統を否定するなら、未だに現存する伝統文化などといえるものはどこにも存在しなくなる。
太地が富戸に量の仕方を学んだとしても、沿岸捕鯨自体は400年の歴史がある。
そもそも伝統であるかどうかより、捕鯨を否定する理由が「かわいいから」とか「資源量がよくわからん」という曖昧な理由でしかない。継続可能な範囲での漁という議論ではなく、最初から漁がいけないとする発送は、イルカ崇拝のカルト的思考にすぎない。

No title

ednakano殿、あなたの論理は非常におかしい。 私の主論がコーヴやSSの活動にないことは明らかであると思うが。まだ理解できなければここに要約しよう。

1.イルカの生息数の減少はさまざまなデータで明らかで、漁が大きなファクターである。  D'z氏の言う、スジイルカの減少が漁によって明らかになったなどというのは、まったく原因を結果を取り違えている。 イルカのような海洋哺乳類は持続的な大量商業漁にはむいていない。 年間捕獲数はおもに慨存業界が存続できるように決められており、イルカの生息数の推移、生態などはほとんど何の考慮もされていない。

2.第三者のオブザーバーがいなければ、イルカの生息数の減少など一般に知れ、それを評論されもせず、捕獲する側、それをいい加減なデータを基に許可する側だけの、要するに利益を共有する側だけのことになってしまっている。 このようなシステムの下、日本アシカの絶滅はイルカ、小型鯨類の生息数が激減した。 


3.論点は商業漁の是非である。 伝統、文化ではない。 イルカ漁肯定派は常に伝統を言う言葉を持ち出し、それで議論を終結させようとするがそれは、詭弁であり、その行為は日本文化、伝統という言葉を汚している。 仮に伝統漁だとしても、常にそれは見直されなくてはならず、ことイルカ、小型鯨漁に関してはそのような理由は多数ある。 中国系移民を多数抱えるカリフォルニアでは先日フカヒレの輸入販売、保有すら禁止にする条例が可決された。 全員ではないが中国系政治家、サポーターですらそれに賛成した。 伝統食文化だとしても見直しが必要なことは、将来多数ある。 


これでも「資源量データの議論とイルカ漁=悪という問題は全く異なる性質の問題」と言い切れるか。 私の述べたことに大きな論理の飛躍はないと思うが。 岩谷文太氏のブログは興味深く拝見した。 しかし彼はそこでコーヴのジャーナリズムとしての欠点を指摘しているだけで、私の上記の論点にはほとんど触れていない。 あなたは彼のブログを読み、それに怒りを燃やし、それに基付き反捕鯨、反イルカ漁の論客を日本文化を侵害、または侵害する外国人の側として批判している。 しかし私があげたような問題には、興味も問題も感じていないように思えるが。 スジイルカのようにほとんど捕れなくなってから過去の大量捕獲が無関係だとか、海洋環境の変化だとかは白々しい話しである。 ある種のイルカがいなくなってきていることは当の漁師たちもよくわかっているはずである。 しかし彼等にはイルカの生態を守る義務もなければ、そのような手段もない。 ある種のイルカが取れなくなればほかの種を捕ろうとするだけである。 私の知る限りでは現状では残念ながらD’z氏の言うような客観的な研究を行えるような機関は存在しない。 そのことも誰もがわかっていることではないか。 こと捕鯨、イルカ漁に関してはまことに白々しい嘘やでたらめがまかり通っているのが現実である。 お分かりだろうか、 イルカ、小型鯨漁に反対するものの多くはあなたの言うような左翼でもカルトでもない。 私をはじめ多くは海洋哺乳類は商業漁が成り立つような「資源」ではないと過去の不幸なデータや現在わかっている生態学的観点から、主張しているのである。 


1.2007年に太平洋側のスジイルカの資源量は50万頭以上と推定されました。和歌山県はこの10年スジイルカを400前後の捕獲を続けており持続性があります。

2.第三者オブザーバーを主張する団体はフィールドワークを行っておらず、ネット上や書籍からの情報を恣意的に利用しており機能していません。こと捕鯨、イルカ漁に関してはこれら団体のまことに白々しい嘘やでたらめがネット上でまかり通っているのが現実です。

3.伝統や文化、ジャーナリズムうんぬんを持ち出したのはそちらさまではありませんか。

マルチスタンダードは誰?

コーヴの主張を支持しておきながら、都合がわるくなると別な議論をもってくる。
伝統ではないと否定しながら、論破できなくなれば変えるべき伝統もあると議論をすり替える。
右翼のようなふりをして、中身は環境保護ビジネスの左翼崩れときた。
反捕鯨が、ポピュリズムの悪弊をもって、資源利用を阻止しようとしている。
いったん食糧危機に陥れば飢えてしまうこの国で、いったい何を憂いているんだか。

「憂国の志士」とかいう活動家の方へ

読みにくい。
矛盾が多い。
ソースがない。

……以上。読むに値しない。

というか、自分のブログでやってください。
このブログはトラックバックに対応しているから、自分のブログからトラックバックすれば?

それと、「赤いハンカチ」は巣に帰れ。
2chで出された課題にも答えずに、のらりくらり逃げまわってみっともない奴だな。


D'zさん・ednakanoさんへ
こんな輩の相手、本当にお疲れ様です。
いつも勉強させていただいてます。
お忙しい中で、こんな相手の対応に追われるよりも、彼らの欺瞞を暴くヒントを、他の多くの人に発信されたほうが、有益ではないかと思います。

コメント欄を掲示板代わりにするなら

ブログ主は応対しない事です。
D'zさん、最近ペースが乱されていますね。
こういったブログ運営妨害も反捕鯨ネチズンの工作活動でしょう。

しろふんさん
彼らの主張の元となるものがわかってきました。
これらの疑問を一般に提起したいと考えています。

天空飛猫さん
大丈夫です、妨害どころかデータをもらってますのでw

スジイルカの件ですが、粕谷先生の文章には疑問点が多くあります。
スジイルカの漁獲減少と同時に捕鯨モラトリアムによる自主規制がなされています。
漁獲努力量が不変、スジイルカの激減により他種を漁獲するようになったという点には疑問があります。
資源量の調査が開始されたのは1983年からです。
その辺も吟味しなければなりません。

また、スジイルカが激減した、絶滅危惧種と主張している団体は限られており(エルザとIKAN)、
1999年にスフィアという海洋生物の写真誌に掲載された粕谷先生の文章を根拠としています。
2007年の調査でスジイルカの資源量は504,334頭と発表されているのにも関わらずです。
鯨類の個体数を把握するには、漁業者と協力した調査を可能な限り継続していくことです。

No title

しろふん殿、 「矛盾が多い」というのはどの部分のことか。 本当にそう思うのなら、具体的に反論したらどうか。 そうしなければ「読むに値しない」というあなたの言葉は単なる中傷誹謗になってしまう。 自分の意見に反するからといってそのものに「帰れ」というのは、まったく失笑ものである。 このブログの持ち主も、誰もがアクセスできるブログで意見を述べている以上そのようなことは望んでいないと思われるが。 D’z殿、漁業関係者が協力した調査結果など、この問題に関心のある多くの人は信じていない。 どんな問題でもそれにより利益を上げているものが関係すれば、そのようなデータなど本当に信頼性があるのか。 D’z殿、Ednakano殿、しろふん殿あなたたちはイルカ漁関係者のような印象を受けているが、もし差支えがなければお知らせ願いたい。 当方はあなたたちの言う「活動家」ではない。 

マルチスタンダードは誰?

ednakano殿、 あなたにも反論しておきましょう。 


「コーヴの主張を支持しておきながら、都合がわるくなると別な議論をもってくる。」
何度も繰り返すが、私の主論はコーヴの映画自体であったころはまったくない。 私の主論を執拗にSSやコーヴに結びつけて、あたかも私の主張があなたの言う「カルト」の意見であるように議論をすり替えているのはあなたである。 私は議論を展開しているのであり、別な議論ですり替えているのではない。 あなたにそれが理解できないだけである。

「伝統ではないと否定しながら、論破できなくなれば変えるべき伝統もあると議論をすり替える。」
あなたの日本語理解力には限界があるようだ。 過去40年ほど行われてきたイルカ漁は伝統漁でないことは何度も議論した。 私はそれが「仮に伝統だとしても」みなをすべき事柄もあると述べたのであって、論破できなくなったのではない。 論破できないのはあなたのほうである。

「右翼のようなふりをして、中身は環境保護ビジネスの左翼崩れときた。」
このような下品なレッテル貼り付けには反論する価値もない。 このような中傷には何の意味もなく、中学生レベルの低俗な悪口である。

「反捕鯨が、ポピュリズムの悪弊をもって、資源利用を阻止しようとしている。」
反捕鯨、イルカ漁には繰り返さないがさまざまな理由に基づいており、それはたとえあなた方の側には受け入れられないとしてもそれは単なる無意味で感傷的で世俗的な「ポピュリズム」で掃き捨られるいわれはない。 

以上。 

私は会社員です。

現在の資源量調査に疑問があるのでしたら、他団体が独自の調査すれば信用できるのでしょうか。
そんなことをした団体はこれまで存在していません。
アメリカのプロバイダを介して字数の多い抽象的な文章を投稿されても失笑ものですね。

No title

憂国殿、反捕鯨の重鎮であるカメクジラネコ氏ですら、グリーンピースの水産物放射能汚染調査データが目の敵にしている水産庁以下の精度で失望しているのだが、もっと正確な調査をできる団体を挙げてくれないかね?

反捕鯨の根幹

まあ、反捕鯨なんて連中は偉そうに言っているが、反捕鯨の合理的理由は資源の枯渇もしくは種の絶滅の問題以外にはない。スジイルカに限っても50万頭という推定生息量にたいして全種類のイルカを年間2万頭獲ることのどこに絶滅の危惧があるのか。
ニューエイジの残党が広める鯨類愛好カルトは欧米に蔓延しているが、それでもマジョリティではない。彼らはアニマルライツと言いつつ、尊重する種を特定し、種の中に差別主義を持ち込もうとしている。それは翻って、人間の中にも差別主義を持ち込んでいる。

No title

同じ議論の繰り返しになってしまうが。 
再び、スジイルカの例を使うが、生息数の減少と漁との関係は猟師、水産庁ともに認めていることである。 50万頭というのはどういう数字なのか。 太平洋全体、東海近海、近畿近海、西日本近海なのか。 それは本来いるべき数に近いのか、それとも少ないのか。 それはなんとでも解釈できるではないか。 私はスジイルカが沿岸に接近しなくなったから捕獲できなくなったなどというのは、要するにその近海の個体群を根こそぎ取ってしまったと考えるのが自然であると思うが。 もちろんこれは私だけの推論でないことはご存知であろう。 私はあなたが「漁業者と協力した調査」などというのでそのような調査は無意味であると述べた。 どのような調査でもそこに利益が絡むものが関係すれば、あなたはそれが適切な調査であるとお考えか。 
 海洋哺乳類は繁殖率が低く、どの程度捕獲しても個体数に悪影響がないかというのは非常に難しい問題である。それはあなたたちも否定しないであろう。 私が問題であると思うのは大量イルカ漁はそのようなことをまだ気にしなくてよかった60年代に始まり、いまだにそのような考察は十分になされていないことである。 ニホンアシカがどのように絶滅したのか調べてみるとよい。 個体数がある数を割ればさまざまな要因で指数関数的に数を減らしてしまうことは、常識である。 ある種のイルカ、個体群にそのような危惧は本当にないのか。 あなたたちや、ましてや漁業関係者にはわからないはずである。 私にもわからないが、私はあると信じている。 太地のようにある種のイルカが取れなかったから猟期を延長するなどというのは間違いであると思うが。
Enakano殿、あなたはどうしても反捕鯨を左翼とか差別主義に結び付けたいらしい。 私をはじめ彼等は特に鯨類だけの保護を訴えているわけではない。 どのような野生動物に対しても、乱獲に反対している。 現代のさまざまな環境危機のなか野生動物は人間が数をコントロールできる牛豚とは同列に扱えないことは明らかであると思うが。 それはあなたにとっては「差別主義」なのか。 


「スジイルカ 資源量」で検索してから物を言ったらいかがですか。
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Author:D'z
D'z(ダイズ、ディズとでも)
危険なこと、汚れることが大好き
サメ野朗。

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