シャチをめぐる論争

マスメディアは公共性が高いとはいえ、各々に顧客を持つ。発信される情報には意図があり、中立、公正であるとは限らない場合がある。アメリカで最も権威があるとされる科学誌のサイエンス誌、アメリカの科学会にもそのような性質があるようだ。

ウィリアム・ソウルゼンバーグの著書、捕食者なき世界(原題:WHERE THE WILD THINGS WERE)に興味深い内容があった。北太平洋における哺乳類の減少をシャチの捕食によるものであることを示した論文を、サイエンス誌は2度も拒否したというのだ。

犯人はシャチ?

アリューシャン列島のラッコを研究していたジェームズ・エステスがラッコの減少に気付き、その原因がシャチであることを示唆した。恒温動物であるシャチは大型のサメの10倍の代謝量を持ち、一日に160000~240000カロリー、体重の5%の量の肉を摂取するという。ラッコだけで換算すると一日に4・5匹ラッコを食うことになり、6年間で40000匹のラッコの消失は、わずか3.7頭のシャチが捕食する量と同等だという。このときエステスがサイエンスに送った仮説は1998年10月に掲載された。

後にエステスはアザラシやトドなどの鰭脚類の減少の原因を究明する調査委員となるが、鰭脚類の減少もシャチ以外では説明がつかず、エステスとアラン・スプリンガーは捕鯨モラトリアム以前に行われた大規模な捕鯨がシャチの食料を奪い、鰭脚類を捕食するようになった可能性を唱えた。

2002年、エステスとスプリンガーは他7人の共著者と正式な論文サイエンスに送ったが、掲載を拒否された。二度目も拒否された。サイエンスの対応を不服とした調査委員会のロバート・ペインはエステスらの論文を米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)に掲載させた。

 Sequential megafaunal collapse in the North Pacific Ocean: An ongoing legacy of industrial whaling?
 北太平洋における大型動物相の連鎖的崩壊:今も残る商業捕鯨の負の遺産か?

 http://www.pnas.org/content/100/21/12223.full.pdf

この仮説が発表されるや否や、エステスらには批判のメールが届き、後にはこれに対する論文が発表された。

 KILLER WHALES, WHALING, AND SEQUENTIAL MEGAFAUNAL COLLAPSE IN THE NORTH PACIFIC: A COMPARATIVE ANALYSIS OF THE DYNAMICS OF MARINE MAMMALS IN ALASKA AND BRITISH COLUMBIA FOLLOWING COMMERCIAL WHALING
 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1748-7692.2006.00076.x/full

 KILLER WHALES AND MARINE MAMMAL TRENDS IN THE NORTH PACIFIC―A RE-EXAMINATION OF EVIDENCE FOR SEQUENTIAL MEGAFAUNA COLLAPSE AND THE PREY-SWITCHING HYPOTHESIS.
 http://iwcoffice.org/_documents/sci_com/SC59docs/SC-59-ForInformation36.pdf

この事案からうかがい知れるのは、科学会にも鯨類に対する新しい知見を排除しようとする保守派が存在するということだ。エステス、スプリンガーらはフィールドワークを行い、ラッコやシャチの行動を直に観察してきた研究者だ。気候の変動や人類の漁業以外にも生態系を変動させている要因は広く知られるべきだろう。

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科学者が合理的とは限らない

意外にせまい世界でポジション争いしているが故に、村八分みたいなことも頻繁に起きるんでしょうね。
温暖化議論もそれが予算獲得の大義名分のために異議を唱えられないという実態があります。

Re: 科学者が合理的とは限らない

エステス、スプリンガーらの仮説は当時の米国の鰭脚類保護政策や漁業者へ影響を与える可能性があったために保守派から批判されたようです。
共著者であったダグラス・デマスターがIWCの委員であったことから、エステスらの批判にまわったという事情もあったようです。
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