海上自衛隊試験艦あすかを観て

去る4月、静岡県の清水港にて海上自衛隊の試験艦 あすか が公開されたので足を運んだ。

あすか

あすか は海自が唯一保有する艦載兵器実験艦であり、射撃指揮装置3型 や 07式垂直発射魚雷投射ロケット、12式魚雷 などの試験運用を行った。6102 の艦は横須賀や相模湾で何度か目にしていたがその詳細を知ったのはつい最近のことである。

無料ながら、順路は左舷から乗船し、艦橋を通って船尾を回り下船するというなかなか満足できるものであった。ネット、ロープや注意書き、要所への人員配置など、見学者に対する配慮がなされていた。やはり海上自衛官の制服は端麗である。

個人的には艦内各所に表示された 総員離艦安全守則 の7つ目

7 水中爆発及びサメに注意せよ。

の文言が印象的であった。

いるかの味噌煮

帰路で静岡名物のいるかの味噌煮を食べた。
肉はレバーのような食感で、皮脂の部分も柔らかく、汁も味が濃く美味であった。
関東圏で流通するイルカは岩手県産のイシイルカが多く、私は都度東日本大震災を思い出す。

この後に私は再度、小銃を執ることを決めた。

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海洋のプラスティック - NHKクローズアップ現代を視聴し

10月29日、NHK で放送された特集に興味を持ったため記しておく。

 NHK
 クローズアップ現代
 海に漂う“見えないゴミ” ~マイクロプラスチックの脅威~
 http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3725_1.html

プラスティック漂流物を目にすることは日常茶飯事であった。

初島のプラスティックペレット2013年10月18日
静岡県熱海市初島東岸に漂着していた樹脂ペレット(2013年10月18日撮影)
このような透明なペレットが海岸一帯に散らばっていることは珍しいことではなかった。

この番組で取り上げられていたのは、洗顔料などにスクラブとして使用されているマイクロビーズであった。
マイクロビーズについてはNGO 5gyres (ファイヴジャイアズ)などが2014年ごろからその問題を指摘している。樹脂は有害物質を吸着蓄積しやすく、生物に取り込まれるリスクは未知であるという。このため、米国の一部の州ではマイクロビーズの製造、流出の規制に乗り出している。

番組内では LUSH の取り組みも紹介されていた。スクラブの代わりにコーヒー豆など天然素材を使用しているという。この点は評価したいところではあるが、シーシェパードなどの環境保護詐欺集団への支援を止めない限り、私は LUSH という会社を評価することはない。

すぐにでも個人でできることは、プラスティック製品の使用を少なくすることだろう。
私は少し前にスクラブ入りの洗顔料などの使用を止めた。スクラブが表皮を傷つけるのか、目や鼻腔周辺の痒み、剃刀負けが多発したためだ。頭皮のフケや痒みも洗いすぎが考えられた。スクラブ入りの製品使用の停止と、洗顔、洗髪の回数を減らすことで改善がみられた。
また、ペットボトル飲料の購買を控えている。ペットボトルの廃棄場所が限られていることから、紙パック入りの飲料へと切り替えた。必要な場合、ガラスボトルに移し携行することもある。紙パックもガラスボトルも飲み口が広く慎重になる必要があるが、そのぐらいが飲みすぎとならず丁度よい。
一番重要なのが、プラスティック製品を海洋へ投棄しないことだ。「行儀よくゴミを持ち帰る日本人」など、私が見てきた海岸では存在しなかった。

中国、韓国、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどの国々が多くのゴミを放出していることも事実だが、日本人が放出していることも事実だ。インフラの整備も重要であり、個人のライフスタイルの変更も必要となろう。

他に類を見ない鯨類展示 - 太地町立くじらの博物館

ビハインド・ザ・コーヴを視聴後、くじらの博物館に入場するには時間が足りないことに気づき一泊することにした。この博物館、鯨類や捕鯨に興味を持つ者であれば、1時間や2時間ですべてを見て回ることはできないほどの規模であったことを翌日知ることとなった。

太地町立くじらの博物館
館にはセミクジラの絵がある。少し物悲しいのは道路側の壁画がなくなってしまっているためか。

セミクジラ骨格
入場するとすぐにお土産屋となっているが、天井には巨大な骨格標本の数々。
鯨の骨格標本はこれまで何度も見てきたが、この展示方法は圧巻である。
セミクジラの骨格はCanon の広角レンズでもその全体を収めることができない!

シャチ骨格
シャチの骨格標本の実物を見るのは初めてである。
生前の姿からは想像しがたいが、この生物はやはり海中最強の肉食哺乳類だ。

イチョウハクジラ骨格
非常に珍しいイチョウハクジラの骨格。下顎に一対のみの歯を持つ。
座礁、捕獲例も極めて少なく、生態も分かっていない。

鯨類の骨格標本はその巨大さや脂質の多さから作製、展示が難しい。骨格を吊るのも高い技術が必要だ。これらを数十年にも渡り維持しているとは、くじらの博物館の奥の深さを入場早々思い知らされた。

古式捕鯨模型
一階に展示されている古式捕鯨のジオラマ。
ボタンを押すと照明が点灯する仕組みは古く、あまり興味を持つ人は多くないようだが、壮大なスケールのジオラマだ。
もっとスケールを小さくし、鉄道模型などの素材を利用し精巧に作られたものを見てみたいと思う。

バンドウイルカとカマイルカのショー
博物館を出て野外スペースに出るとすぐにプールが見える。
ここではバンドウイルカとカマイルカのショーが行われる。
このショーのレベルは高く、彼らは録音されたアナウンスと音楽で完璧にプログラムをこなす。

※追記予定

前エントリ
人工物と自然の調和 - 太地町くじら浜公園
反捕鯨団体に汚される文化財 - 古式捕鯨燈明崎山見跡
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捕鯨砲の魅力 - ショルダーガン

時系列が前後するが、記憶が薄れる前に記しておきたい。
私にとって最も印象に残ったのは くじらの博物館 に展示されていた ショルダーガン である。

ショルダーガン
くじらの博物館所蔵のショルダーガン

ショルダーガン銘
写真では読み取りづらいが、引き金前部の砲身に 「國友卯十郎典吉作」 の銘が打たれている。

くじらの博物館のものは下記の解説があった。

(引用開始)

日本製のショルダーガン
国友卯十郎典吉 970×200 19世紀
太地町立くじらの博物館

アメリカで最も普及したショルダーガンのひとつ、C.C Brand No.2を鉄砲鍛冶の
国友卯十郎典吉が複製したものであることが薬室部裏面の刻印から分かる。
同様の銃は長崎県内に複数保存されている。くじらの博物館に伝わるこの銃は
1990年にカリフォルニア州で発見され、1993年にくじらの博物館所蔵となった。

(引用終わり)


私には現用の軍用銃についての知識はあるが、古い銃砲についてはほとんど知らない。故にこの銃の射撃方法がわからず、帰路で考え続けていた。

帰宅後、この銃は 平戸式捕鯨銃、植松式捕鯨銃 などと呼ばれ長崎県にも現存していることがわかった。
長崎県庁のページにこれと同じ銃の解説があり、発射方法を知ることができた。

長崎県の文化財
http://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/304

(引用開始)

この指定された銃は鉄製の全長96㎝,口径2.8㎝の小銃で,先ず早盒(はやごう)(火薬入),次に長さ48.5㎝の革製の羽根のついた鉄製の火矢を口籠(くちご)めにし,引金を引けば雷管発火装置で早盒の火薬が爆発し,火矢を発射させる仕組である。火矢は破裂矢(破裂槍)といい,命中したら体内で破裂,必殺をねらって工夫をこらし,平戸式とか植松式捕鯨銃とか呼ばれた。

(引用終わり)

口径280㎜の銃砲を「小銃」と呼ぶのはどうかとは思うが、いわゆる止め用の ボムランス 発射砲であったようだ。発射方式は古典的だが、重厚な砲身にスケルトンタイプの銃床、簡易なアイアンサイトは機能美すら感じさせる。海外では現在も骨董品として2,000米ドルほどで取引がされているようである。このレプリカが存在するのであれば是非欲しい。

これは私の持論だが、諸外国が捕鯨に強硬に反対している理由の一つが、銃砲による鯨の殺傷が容易に行えてしまう環境にあるからだと考えている。法により強力に海洋哺乳類を保護しなければ、このような簡素な小火器で個人がナガスクジラさえも殺すことができるのだ。

銃砲による捕鯨はゴンドウクジラの捕獲を可能にし、そのノウハウは今日のイルカ漁まで続いている。反捕鯨団体のでたらめなプロパガンダを止めるには、諸外国の捕鯨の歴史を知ることも必要だろう。

米國式捕鯨図
くじらの博物館に展示されている 米國式捕鯨図。ロープを撃ち込んだ鯨をショルダーガンで狙っている。絵画ではあるが、かなり離れた位置から鯨体を狙っていることがわかる。

人工物と自然の調和 - 太地町くじら浜公園

急遽与えられた休暇で太地町に来たは良いが、時間がまったく足りないことに気付き、宿泊することにした。

第一京丸夕
花いろどりの宿 花游 の宿泊室からはくじら浜公園を一望できる。宿は和と洋の調和とでも言おうか、時間を贅沢に過ごすのであればこの宿で決まりだ。ロケーションは最高、露天風呂、モーニングのピアノ生演奏もまた最高のサービスである!

第一京丸
くじら浜公園の捕鯨船は共同船舶株式会社が保有していた第一京丸。手前には推進装置のペラと鯨を船体へ水揚げするときに使うクローが展示されている。保存状態が非常に良く、捕鯨砲も鎮座したままである。この存在感は圧倒的であり、いつまでもこの姿を残しておいてもらいたいものだ。

刃刺像
平成10年(1998年)に公園に設置された刃刺し像。古式捕鯨において鯨にもりを打つ人物、 刃刺し(はざし) をイメージしたブロンズ像。像は等身大ではなく、高さは3m以上ある。

2012年10月9日、ドイツ人のシーシェパード構成員、ニルス・グレスキーズ(Nils Gärtner、自称「庭師のニルス」)がこの像に登り、銛を折って逮捕された。庭師は人工物と自然の造形空間の創作、維持管理が役目である。記念撮影のために外国の公園の景観を破壊するような輩は庭師ではない。

No Sea Shepherd - 太地町でドイツ人メンバー逮捕

勝浦方面
くじら浜公園の遊歩道から対岸の那智勝浦町。那智勝浦町には THE COVE の制作陣が宿泊し、現在はシーシェパード、ドルフィンプロジェクトなどの人員が宿泊滞在している。反捕鯨団体の太地町漁業関係者への嫌がらせ行為は30年以上前から確認できるばかりか、新宮警察署の怠慢は THE COVE のシーンにも利用されており、和歌山県警は早急に対応すべきであった。

捕鯨船もブロンズ像も自然界にはない異質な存在ではある。しかし、これらは人の文化を継承するとともに、この地を無秩序な開発から守るものでもある。人工物と自然の調和がとれたくじら浜公園は、日本が誇る公園の一つと言えるだろう。


前エントリ
反捕鯨団体に汚される文化財 - 古式捕鯨燈明崎山見跡
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Ric O'Barry was cutting dolphins throat - イルカの首を切っていたリック・オバリー

太地漁協の人たちの名誉を守るため、このことは先に公表しておきたい。
自称リック・オバリー(Richard Barry O'Feldman)は映画 THE COVE で次のような主張をしていたが、これは自身の経験をもとにした虚言である。

THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より
THECOVEイルカの首を切っていたのはオバリーの経験

(引用開始)

カメラがなかったある朝
漁師たちが―
イルカの赤ん坊の首を切った
すでに死んでいたが―
切ったんだ
これ見よがしに
私は殴ろうとした
そしたら私の前に来たのが―
"プライベート・スペース"

(引用終わり)

漁協の人々が漁獲物であるイルカを切るのは当たり前のことだが、隠し撮りをしなければならないような状況で、なぜ自称リック・オバリーはカメラがない時に限ってそのような様を目撃できたのであろうか?答えは嘘だからだ。

このごろはネタがなくなったのか、リック・オバリーのドルフィンプロジェクトはリック・オバリーとカロライナ・スノーボールと呼ばれたアルビノイルカとの関係を認めた。

ドルフィンプロジェクトのカロライナスノーボール
2015年4月8日に投稿された Dolphinproject.net のブログより
https://dolphinproject.net/blog/post/one-dolphins-story-carolina-snowball/

1962年、ウィリアム・B・グレイらがマイアミ水族館(Miami Seaquarium)のプロジェクトで2頭のアルビノのバンドウイルカを捕獲した。この中にリック・オバリーもいた。捕獲されたイルカはそれぞれカロライナ・スノーボール(Carolina Snowball)とソニー・ボーイ(Sonny Boy、捕獲に協力した漁師のソニー・ゲイにちなみ)と名付けられた。

このブログにはリック・オバリーの自伝 イルカがほほ笑む日 の原題 BEHIND THE DOLPHIN SMILE の文章が引用されている。この引用部分の前章に次のような文章がある。下記は イルカがほほ笑む日 の106項5~9行目の引用である。

(引用開始)

私は着の身着のまま海に飛び込み、イルカのところへ泳いで行った。ほとんど成獣に近く、五歳ぐらいだろうか、一四〇キログラムはあった。網にかかって溺死したのだ。私は索具ナイフで網を切って、イルカを左腕にかかえこんだ。それから肺を狙って、あごの下から腹へかけてのどを切り開いた。血が大量にほとばしり出た。

(引用終わり)

サウスカロライナ沿岸でアルビノのバンドウイルカを捕獲しようとしていたときに、別のイルカが網にかかっていたのを反対運動をしている地元の人間に見つけられないようにするため、リック・オバリーが死体ののどを切って沈めたという内容だ。すでに死んでいたが、リック・オバリーは空気を読んで自分からイルカの死体ののどを切りにいったと記している。THE COVE ではこの体験を太地漁協の人がやったかのように語ったわけだ。

また、このリック・オバリーという人物は映画や著作物では強気で、対立する人物にあだ名をつける悪癖を持っている。THE COVE では怒りの声を上げた漁協の人を プライベート・スペース と呼び、イルカがほほ笑む日 ではバハマの警官を ペパー軍曹(ビートルズのサージェントペパーにちなむ) などと書き立てている。私にはこのように卑屈な人物がイルカのトレーニングをしていたとは到底思えないのだが……。

リック・オバリーが高年になって、日本での活動をメインにしてきたのは当時の関係者の目を避けるためだったのではないか。同時期マイアミ水族館に勤務していたウィリアム・B・グレイ、ジャック・マイヨール、フリッパーの撮影に深く関わっていたジョン・C・リリー、アイヴァン・トース、サンティーニ夫妻などの著名人の没後を待っていたのではないだろうか。

自らの過去の経験を語らず、太地町の人々を陥れるような発言をしたリック・オバリーは極めて不誠実で信用ならない人物だ。今後も同じような発言を続けるのであれば、その真偽を確かめここに公表させてもらう。


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反捕鯨団体に汚される文化財 - 古式捕鯨燈明崎山見跡

和歌山県東牟婁郡太地町において現在進行形の問題を取り上げていく。一泊した後、徒歩で燈明崎へと向かった。

太地町ガイドマップに撮影ポイントとして紹介されている漂流人記念碑から太地港が一望できた。

太地港
漂流人記念碑からの景色。漂流人記念碑は明治11年(1878年)に起きた 大背美流れ(おおせみながれ) という大事故を後世に伝えるために建立された記念碑である。何度も移設を繰り返し、現在の位置に建てられたようだ。

燈明崎へは坂を上り、大通りから小道に入って行くのだが……
この道は太地中学校へと続く通学路!

太地中学校前
車一台通れるだけの幅。海側は少し舗装を外れると急斜面になっていて危険なところも散見される。
シーシェパードのコーヴガーディアンズや自称リック・オバリーのドルフィンプロジェクトの連中はここを往来しているのか!?

ウェッジインフィニティ2015年9月4日
WEDGE REPORT
太地町イルカ問題 静岡・伊東市長をだまし、交通事故起こした大物活動家
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5330?page=4

飲酒して運転はするわ、運転を誤り脱輪するわ、こんな危険な連中の車が数年間、通学路を往来しているのは問題だろうが!
怖い思いをした子どもたちがいるはずだ。

古式捕鯨山見台
燈明崎の古式捕鯨山見台。現在もシーシェパードのコーヴガーディアンズや自称リック・オバリーのドルフィンプロジェクトがたむろしているところだ。

古式捕鯨山見台柵の損傷
茂が低いところの柵だけ損傷していた。柵に乗ったり、越えたりした者がいるのだろうか。実に不快な光景だ。

古式捕鯨山見台ごみ
ベンチの間には「ゴミを捨てるな」という旨を英語で記した注意書きで封印された構造物があった。

ここは太地町指定文化財であり、国立公園でありながらなぜこのようなことになっているのか?太地町だけではなく、和歌山県、和歌山県警、環境省が実態を調査し、対策を施すべきではないのか?

魚付保安林
燈明崎一帯の木々は魚付保安林である。映画の撮影のために木を無許可で切断したり、そのような行為を煽る連中を立ち入らせてはならない。

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THE COVE 制作者らの罪 - 自然公園法に違反する行為
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時間が足りない。反捕鯨団体の嘘や誇張があまりにも多すぎて時間が足りない。しかし、それ以上に太地町の魅力は大きく、600以上の写真をどのように紹介していくか悩んでいるところだ。

THE COVE の舞台となった太地町を訪れて改めて思ったのは、自称リック・オバリー(本名:Richard Barry O'Feldman)の虚言があまりにもひどいということだった。太地町のことを綴る前に、リック・オバリーの虚言の数々を公表する。

THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より
THECOVEオバリーはキャシーは自殺したと嘘

(引用始め)

心変わりさせたのは"フリッパー"
つまりキャシーの死だった
キャシーはひどい鬱だった
私には感じられた 見えたんだ
私の腕の中で自殺したんだ
"自殺"とは強い言い方だが―
こういうことだ
イルカは我々みたいに自動的に呼吸しない
呼吸一つ一つを 意識的に行う
耐えられなくなったら
命を絶つことができる
次の呼吸をしないだけで
だから―
あれは自殺だったと言える
自ら
腕の中に泳いできて―
私の目をしっかり見て―
息を吸って それっきり
息をすることはなかった
放したらそのまま うつむけに
底まで沈んでいった

(引用終わり)

この証言は、1989年に発行されたリック・オバリーの自伝 イルカがほほ笑む日(原題:BEHIND THE DOLPHIN SMILE, 1988年)のものとは完全に異なっている。下記は イルカがほほ笑む日 300項7~24行の引用である。

(引用始め)

 私は自転車にのって道を急いだ。私が水族館を去るときキャシーは元気だった。何があったのだろう。ボブ・ボールドウィンはパニックに陥るような男ではない。何があったかわかっていれば、私に告げたはずだ。もし、単にキャシーがものを食べないというのなら、打つ手はあるだろう。だがなぜ別のタンクに移したのだ。もし私がそこにいればそんなことはさせなかっただろう。私は激しくペダルを踏み、汗をしたたらせながら海洋水族館に着き、そのまま門を走り抜けた。新しい守衛が何か叫んだが無視した。私はボブ・ボールドウィンが言ったタンクに乗りつけ、中をのぞいた。そして驚愕とした。確かにそこにはキャシーはいたが、それは私の知っているキャシーではなかった。背中にも頭にもまっ黒に疱疹ができていた。大きな醜い黒い疱疹がほぼ全身を覆っている。キャシーはほとんど動かず、水面に浮かんでいた。
「ああ、なんてことだ!」私は叫んだ。「なぜこんなことに!」
 私は服のまま水に飛び込んだ。キャシーは私の腕の中まで泳いできたが、抱き止めた瞬間、彼女の命の火が消えていくのを感じた。尾びれの動きが止まり、キャシーは死んだ。よごれた白い泡が噴気孔についていた。私は無意識にそれを洗ってやり、水の入らぬように気をつけながら親指で噴気孔をそっと開いてやった。それから腕で支えてプールの端につれて行き、ひざを使って胸郭を押した。だがだめだった。私は呼吸のリズムに合わせて、キャシーの胸を押したりゆるめたりした。だが彼女が死んでいるのはわかっていた。どのくらいそうやていたか、わからない。しかし、キャシーは死んでおり、もうどうすることもできなかった。私は手を離した。キャシーは底へ沈んでいった。突然私はどうしようもない惨めな気持ちになった。

(引用終わり)


御覧のように、リック・オバリーは1988年当初、キャシーは「自殺した」とも「呼吸を止めた」とも書いていない。キャシーの死は黒い疱疹が視認できたほどの明らかな病変である。

リック・オバリーはアメリカのマイアミ水族館(Miami Seaquarium)で働いていたらしいが、キャシーが死亡する前に水族館を辞めている。キャシーの病変は水族館関係者の好意で知らされたことであった。


THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より
THECOVEオバリーがイルカを解放し始めたのはキャシーの死後6日後

(引用始め)

翌日 私は刑務所に入れられた
イルカを研究所から―
解放しようとして
それが私の答えだった
イルカを皆 解放する
つもりだった
10年かけて築いた業界を―
この35年間 崩壊させようと
してきた

(引用終わり)

これも時系列がおかしい。映画では「キャシーの死の翌日刑務所に入れられた」と語っているが、実際には6日後である。下記は イルカがほほ笑む日 11項3、4行目である。

(引用始め)

ビミニへ飛ぶ六日前に、キャシーは衰弱し、惨めな姿となって、私の腕に抱かれて死んだ。

(引用終わり)

リック・オバリーが刑務所に入ったのは1970年、バハマのビミニ諸島にある、ラーナー海洋研究所のイルカの解放に失敗し自首した時のことであり、キャシーの死後翌日ではない。リック・オバリーは、最も宣伝効果が高いアースデイという日をねらって犯行を計画したと記していた。
また、フリッパーの映画版とテレビ番組版の制作環境は異なっており、関係者からは「リック・オバリーが調教師であった」という証言がない。おそらく、スタッフの一人だったという認識しかなかったのだろう。水族館のイルカショーは、リック・オバリーが10年をかけて築いた業界ではない。

その後の35年間だが、リック・オバリーはドルフィンプロジェクトと称しイルカを飼育していたし、様々な映画にわき役として出演していた。経歴が非常に怪しい人物である。私が実際に確認した作品は次のエントリにまとめている。

自称リック・オバリーの逮捕 - Ric O'Barry was arrested

自分の人生を転換させた印象的であろう出来事を書籍を発行しているのにも関わらず、事実を語らない自称リック・オバリーは極めて信用できない人物である。自伝では「菜食主義者になった」と書いておき、水銀を否定する映画に出演しながら魚料理を食べる人間のいうことを誰が信用すると言いうんだ?極めつけの嘘がこれである。


THE COVE
発売元:メダリオンメディア 販売元:㈱ポニーキャニオン 2009年 より
THECOVEなんでそのあとマスクを着けない?
映画開始3分後である。てめーらそのあとマスクを一切着用してねーじゃねーか!
完全な自作自演じゃねーか、クソども!
もう日本に上陸することはないだろうが、自称リック・オバリーの嘘はこれからも追及させてもらう。
もちろん、この嘘つきを日本に招聘した日本国内の反捕鯨団体、個人の責任もだ。


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太地町役場からくじら浜へ

太地町役場から、徒歩でくじらの博物館を目指し、映画 THE COVE の舞台となった 鯨浜トンネル、くじら浜海水浴場 を通った。

鯨浜トンネル
鯨浜トンネル。THE COVE の撮影時とは異なり、歩道には青い舗装がされている。

クジラ浜海水浴場道路
クジラ浜海水浴場前の道路。写真の右手に浜に降りる階段がある。
THE COVE で反捕鯨活動家どもが何度も利用していた階段だ。
現在は海水浴場向いに臨時の交番が建てられている。
後に分かったことだが、道路左の土地には昭和48年(1973年)~平成14年(2002年)まで熱帯植物園があったようだ。

くじら浜海水浴場
畠尻湾くじら浜海水浴場。ここに来るまでに何度も見た風景である。
こんな小さな海水浴場で反捕鯨団体のクソどもは30年以上にも渡り「戦い」とやらを演じていたわけだ。

過去に グリーンピースジャパン のサポーターらが、「太地町では観光客も漁師に脅される」などというデマをインターネット上に投稿していたようだが、そのようなことはイルカ漁の期間中であるにもかかわらず、滞在中、ただの一度もなかった。警察官による職務質問を受けることもなかった。観光目的の方は心配しないでほしい。職務質問を受ける者はそれなりに不審な行動があったとみるべきだろう。

さて、これで THE COVE で「要塞」などと呼ばれていた湾の位置関係は分かった。THE COVE の制作者どもがどこに立ち入り、どのような悪事をはたらいたかも。


浅間山園地の現状

浅間山園地
くじらの博物館横の丘を登る階段。展望地や避難地として利用されているようだが・・・・・・

浅間山階段上
階段を昇っていくとこのような注意書きが。反捕鯨活動家が畠尻湾を撮影するのに好んで立ち入ったのであろうか。


たかばべ園地の現状

翌日、国民宿舎横の階段からたかばべ園地へ。こちらも避難地として利用されているようだ。

たかばべ園地階段
たかばべ園地の階段。御覧のように斜面の岩盤は砕けやすいようで、まぬけな活動家が下手をすれば滑落や落石を起こしかねないような環境だ。

たかばべ園地
たかばべ園地ベンチ
英語での注意書きがあるが、これは応急措置としてしか機能しない。
もっと早くに和歌山県や環境省が手をうつべきではなかったのか?


THE COVE より
THECOVE植生を侵すシホヨス
「岩礁の破壊を防ぐ活動」をしていると映画の冒頭で話していたルイ・シホヨスがためらいもなく国立公園内の植生を荒らしていた。

THECOVE意味のない迷彩
迷彩柄をまとっても明るいシダの辺りでは丸見えだ。新隊員やサバイバルゲーマーの偽装のほうがマシだぞ。

THECOVE木を無断で切断
「枝が折れると見つかる」という理由で国立公園内の木の枝を切った出演者。連中は国立公園内で許可なく偽装を施したカメラという工作物を設置しており、自然公園法に抵触する問題行為が映像で確認できる。

これら公園の柵やロープの外へ立ち入る行為を私は厳しく非難する。現在もシーシェパードのコーヴガーディアンズ、自称リック・オバリーのドルフィンプロジェクトといった活動家らがこれら公園を利用し、映像の配信しているようだ。


前エントリ
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紀伊本線の旅路 - 和歌山県東牟婁郡太地町へ
そうだ、京都から行こう - 和歌山県東牟婁郡太地町へ

ビハインド・ザ・コーヴを視聴 - Behind "THE COVE"

まず、太地町の人々、関係者の皆さんへお詫びします。私のなりは黒いシャツに戦闘靴、一眼レフカメラを所持と反捕鯨活動家と似たような姿であり、当惑された方もいたかもしれません。

突然声をかけ、驚かせてしまった方々、申し訳ありませんでした。

ここからは太地町内で撮影した写真を掲載し、私なりに反捕鯨団体の実態を公表したいと思います。怒りのあまり、汚い言葉で綴る部分もあります。もしご不都合等ございましたら、遠慮なくコメントをください。匿名での投稿も可能ですし、私は反捕鯨団体と違い、コメントを常に受け付けております。


太地駅を出ると、初めて来た気がしなかった。パソコンの画面で何度も見た風景だ。デジャヴは心地よささえ覚えた。
しかし、しばらくして怒りの感情がこみ上げてきた。

「あのクソども、こんなのどかな観光地や閑静な住宅街で準軍事活動を演じやがったのか!?」

後で詳細を記すが、やはりイルカ漁を隠し撮りするにも THE COVE のようにナイトビジョンやサーモビジョンはおろか、カメラを隠ぺいする必要は全くなし!素潜りのプロを雇う必要もなし!クソどもが人がいないのをいいことに、好き勝手に映像を編集しあの映画をつくっただけだ!自称リック・オバリー(Richard Barry O'Feldman)が放映直後、ラジオJ-WAVEで「赤外線センサーがある」だのネットで「ネイビー・シールズ(米国海軍特殊部隊)でも潜入は難しい」だとかほざいていたが、
嘘をつくにもほどがあるだろ、クソ野郎ども!

※今、このブログを綴りながら THE COVE を見直しているが、すさまじいほどの嘘、嘘、嘘の数々。
 これらはすべて検証して公表する。

あまりにも小さな町なので、公民館には時間に余裕をもって到着することができた。入口には多くの人々、マスコミも何社か来ていた。実際には初めてお会いする人々。ホールは上映前には一杯となり、事前に用意されていた椅子だけでは足りず、新たに追加で通路に用意されるほど。要人も多数。

上映前、Behind "THE COVE" を制作された 八木 景子 監督があいさつを。国際司法裁判所の判決で怒りを感じ、ご自分の貯金を切り崩して映画を作成されたとのこと。THE COVE の舞台とされてしまった太地町の人々に見てほしく、今回の上映会を開くことになったとのこと。まだ、一部でしか公開されていない作品なので、内容についてすべてをお伝えすることはできないが、ダイジェストはインターネット上で視聴可能である。



Behind "THE COVE" digest
https://www.youtube.com/watch?v=SVGklokZYWI

太地町の人々の姿が映し出されているのが、THE COVE とは対照的であった。
THE COVE の監督ルイ・シホヨス(Louis Psihoyos)、主演リック・オバリー(自称Ric O'BARRY)、シーシェパード2014年度コーヴガーディアンリーダーのデイヴィッド・ハンス(David Hance)らの言葉も印象に残った。

シホヨスは食の問題へ逃避。「我々が生きているうちに海洋が滅ぶのを防ぐために」と映画中で言っていたはずだが?

リック・オバリーは鳴ってもいない電話を理由に一時は取材に応じず、後の取材では「目的は外圧」と断言、映画については「シホヨスが撮った」と濁す(映画中でのあの強気の発言はどうしたよ!)。

ハンスはインターネットに掲載する写真を撮影するのに活動家らに細かく指示を出し、タイマーを使って苦労して撮影をしているようだった。上層部からの指示でもあるのだろうか、気の毒にも思えたが、シーシェパードの活動を許すわけにはいかない。

連中の発言や活動は映画のときとの姿とは乖離していた。また、反捕鯨活動家はしきりに「日本だけでなく世界中で活動している」というフレーズを使っていたが、「だったらそのクソみたいな活動はさっさとやめて別の手段を考えろ」としか言いようがない。

THE COVE 自体がIWC国際捕鯨委員会まで話を拡大していったため、Behind "THE COVE"も話が国家間の政治問題にまでぶっとんでしまったのがやや残念だった。話をイルカ漁や太地町に限定していた方が、私はもっと共感できたと思う。字幕も赤色のフォントで逆に見づらくなっていた部分なども多かったが、よくここまで取材できたなと感心した。おそらく、長い時間をかけて信頼関係をつくったのだろう。職務上、私にはそのようなことができないが……、私は私のやり方でこの問題の解決に協力したいと考えている。

上映後、太地町役場の前の植え込みにある 水琴窟 という構造物を確認した。水琴窟とは、地中に埋めた甕(かめ)に水滴を落下させ音を鳴らす構造物である。THE COVE の放映直後、イルカ漁を理由に太地町とオーストラリアのブルーム市は姉妹都市関係を一時解消した。しかし、その決定は覆され、平成23年(2011年)にこの水琴窟はブルーム市との友好の証として造られたようだ。ブルーム市役所にも水琴窟がサイモン・ワーン氏により設置されたという。


太地町の水琴窟
太地町役場前の水琴窟。ひしゃくで水を地に浸み込ませると、金属音のような音が地中から聞こえてくる。

水琴窟の音を聞いた後、くじらの博物館の方へと足を進めた。


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紀伊本線の旅路 - 和歌山県東牟婁郡太地町へ
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